ミラノに住んでいるわたしに僅かな余暇があって、何だか湖を見たいなという時の選択肢はふたつに絞られる。
スイスを向いて北上しながら小一時間で辿りつけるコモ湖に行くか、はたまたヴェネツィア方面を向いて東に走り、およそ80分で辿りつけるガルダ湖にするかである。知人や友人らと集い動くのであれば自分の意志を表に出さずに統計的に多数決などで決めるのだが、ひとりがポツンと思い立つものであったり、あるいは家族を伴う移動となれば自分の独壇場であろう。娘に酷い父親、と言われようと勝手を遂行する。
まずはコモ湖を訪ねてみよう。イタリア北部からさらに北を向いて広がっているので、スイスとの国境を跨いでいるかと思われがちだが、コモ湖は国外には微塵もはみ出していない純然たるイタリアにどっぷりの湖である。どのようなかたち?と問われればわたしは漢字の“人”のようだと応える。他にあるいくつかの湖と異なるところは、コモという古代から残る都市名が湖の名称となっているところ。
“人”という字の左足つま先(漢字を背面と見て)にある町がコモ市というから面白い。この湖の周辺にはいわずと知れた保養地(避暑地)が広がっている。世界各国の著名人がこぞって別荘を持ち、いかにも富裕ステータスとしての様相が漂っている。しかし、コモの旧市街はそこまで浮足立ってはいない。
あまり広くはない区画の中に大聖堂があり、市庁舎があり、そしてオペラハウスがある。欧州でそれほど伝統的な歌劇場とは言えないが、市民劇場としては人気がありコモの人々に愛されていることは間違いない。
コモという町の売りは碁盤の目のように張りつめられている石畳と、その細い路地の交差する美しい町並みである。石の町でありながらどこか温かい宿場町のような情緒が漂っている。
古く年季の入ったレストランがあるかと思えば、いかにも若者が好みそうなモダンなロカーレ(気楽にカクテルなどが呑める洒落た飲食店)が軒を並べる。また、シルクで有名な町ということもあってカラフルな色合いのスカーフなどがあちらこちらに顔を覗かせている。広くない、半日もあれば散策できるこのコンパクトさが好きであり、少し足を延ばそうかと思えば埠頭から出ている遊覧船に乗るもよし、山頂まで緩やかに上るフニコラーレ(ケーブルカー)に身を委ねるのもいい。
少し町中を抜ければ素敵なヴィラ(ホテルに改装された)が湖畔に並び、そこでランチするもよし、ティータイムを設けるもよし、目の前に広がる湖にエネルギーをもらいながらボンヤリと過ごせたら最高である。
堂満尚樹(音楽ライター)

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